階上には薄暗く宴席が並んでいた。
その奥は一段高くなっていてそこには、ここの主であろう白いドレスを着た女がこっちを見ている。
燃えるような赤い髪に表情は妖しく微笑んでいる。
入り口で立ち止まり観察する。目には何も見えないが何か仕掛けてそうな雰囲気。
駆け寄るにしてもかなり距離がある。
「なかなか楽しい余興だったぞ。」
 耳に響くと言うより直接頭に染みてくる声。
「褒美じゃ、受け取るが良い。」
 扇が動く。
俺達の間の空気が燃える。
 危ない……そう思った瞬間空気が爆ぜた。
衝撃に飛ばされ床を転がり立ち上がる。俺達が居た場所には火柱が立っている。
 あいつ等は無事か?
視界にはレオンとロナが同じく火柱を見ている。
レオンが扇を傾けると火柱が勢いを弱めていく。その向こうにキカが居る。
ラビットは……?
ラビットの姿だけが見えない。……まさか……。
最悪の想像が頭をよぎる。
振り返るとラビットは女に斬りかかっていた。
良かったと思うと同時にラビットの強さを見た様な気がした。
「ユイン君、私達も行きましょう!」
 レオンの声に頷いて俺達も駆ける。

 女が扇を振る度に風が走る。
どうやらレオンと同じ様に威力の高い攻撃を仕掛けるにはそれなりに時間が必要な様だ。
しかし俺達五人相手にそんな時間を稼げる隙は無い。
最初は余裕を見せていたが、徐々にその余裕は消え、
「しつこいのぉ。」
 声に怒りが篭ってきた。
「じゃ、さっさとやられなさい。」
 ラビットが扇を持つ手を狙う。それを避け空いた手でラビットの腕を掴み投げ飛ばす。
その背後からキカが掴みかかる。
「まぁ慌てるな、ちゃんと相手をしてやる。」
 キカの正面で扇が揺れる。そしてキカが真後ろに飛んでいく。
壁に叩きつけられるキカが苦しそうに呻く。
「じゃ俺の相手もしてくれよ。」
 扇の動きを見てその正面には立たない様に近づいていく。
俺とロナで女を挟むように距離を詰める。
「忘れてないぞ?」
 扇がレオンに向けられる。
驚いた顔のレオンが飛んでいく。
「油断も隙も無いな。」
 俺の剣とロナの槍。同時に突き出したそれはギリギリのタイミングで避けられる。
「散れ。」
 女の一声で俺達は壁に叩きつけられた。
高らかに笑う声。
「さて……。」
 レオンの方へと歩いていく。レオンは気を失っているのか倒れたままだ。
痛む体をなんとか誤魔化して、
「ほぅ。まだ分からんのか?」
 扇で口元を隠しているが笑っているのが分かる。
「……本気見せてやるよ。」
 切っ先を女に向けて大きく息を吐く。
女は立ち止まり俺を見ているが、明らかに余裕を見せている。
俺は剣を構えて、一気に駆け寄る。女は見ているだけだ。剣が届く距離まで近づく。
剣を振りかぶると同時に扇が動く。
突風。それを剣で受け止め飛ばされないように踏ん張った。風が止み剣を突き出す。
剣は扇を弾きその無防備な体に突き刺さる。
「残念だったな。」
 鉄の様に硬い衝撃。
妖しく微笑むその顔は心の底から嫌悪するほど悪意に満ちていた。
「まぁ、お前の言う本気とやらでは、この程度。」
 俺の視界を影が遮り言葉が途切れる。
悲鳴が聞こえ影が通り過ぎた後には顔を押さえている女。
「何がこの程度なのかしら?」
 ラビットが立っている。その手に持つ剣は濁った赤い色に染まっている。
「こ、この……。」
 女がラビットを睨む。その顔は女の顔ではなく……狐の顔だった。
「あら、お化粧……とれちゃったわね。」
 バカにするような言い方に答える憎悪の視線。
「おのれ……貴様等ぁ許さんぞ。」
「許してもらう気なんてないけどなっ!」
 俺は顔を抑えている手を斬り上げる。
火の様な赤い毛皮に覆われた顔に憎悪に満ちた漆黒の眼。鼻は突き出て牙が剥きだしになった顔。
その牙が襲ってくる。剣を構えその牙を受け止める。
爪は肩に食い込み間近に見るその牙は剣に食い込んでいる。
痛みに顔が歪む。そのまま押し倒される。
受身を取れず背中の痛みで力が抜けた。その一瞬で眼前に牙が迫る。
「ち、近いん……だよ!」
 そのまま足を蹴り上げ跳ね飛ばす。
狐女は離れた。
「お前……この剣どうしてくれるんだよ……。」
 狐女は俺の剣を銜えている。
俺の手には柄から少しだけ残った部分。大部分は噛み砕かれてしまった。
狐女は刀身を吐き出し、
「大人しくしていれば良いものを。……お前もな。」
 不意を突いたラビットの攻撃は読まれていた。
空中で避ける事もままならない体勢で避けきるのは不可能に近い。
一瞬の交差。俺の目には見切れなかったがラビットが競り負けたのは分かった。
「何度も同じ手が通じると思うか、愚か者め。」
 ラビットの左肩から血が流れ、狐女の左腕はだらりと下がったまま。
「余興も終幕。大人しくしていれば痛みなど。」
「大人しくするのはそっちですよ!」
 レオンの声が響く。見ればレオンはいつの間にか立ち上がり、その手にもつ扇が赤く輝いている。
その扇が狐女に向けられる。
 視界が白く染まり耳を劈く轟音と吹飛ばされそうな程の衝撃が駆け抜ける。
ぼんやりと戻った視界には狐女の居た場所に火炎の柱が燃え立っている。

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